フィッシュストーリー
すっかりご無沙汰の小説感想文。
この「フィッシュストーリー」も読了してから時間が経ってしまった。
最近活字離れも著しいため、再読するのを兼ねての感想文。
ネタバレについては考慮しないので、未読の方は要注意。
今や、新進気鋭からある程度の実績を持った作家と認知されて居るであろう伊坂幸太郎氏。
氏の著作には優れた感想文が数多くあるだろうし俺がそれを書く必要は無いのだが……インプットしたら少しでもアウトプットしないと俺の感受性などはすぐに錆び付いてしまう。
故に鍛錬の一環として書く訳だ。
それでは早速、今作の概要を。
「フィッシュストーリー」は所謂、短編(あるいは中編)集だ。売れないバンドの最後の曲が巡り巡って世界を救う表題作「フィッシュストーリー」の他に、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「ポテチ」と、全部で四編収録されている。
特筆すべきは、四編の半分「サクリファイス」と「ポテチ」に伊坂作品に横たわるリンクを知る者なら、誰でも知っている「黒澤」が出て来る事。それぞれ「サクリファイス」では主役として、「ポテチ」では謎の答えを知るキーマンとして、彼は登場する。
それ以外には各作品毎に直接的な繋がりがある訳ではない。
ので、ここから先は個別の作品毎に感想を書いていこう。
■動物園のエンジン
雰囲気が氏のデビュー作「オーデュポンの祈り」に似ているなと思ったらその主人公とリンクしたという、個人的には印象深いお話。
その上、「ラッシュライフ」の河原崎の父がまだ若い姿で登場する。
正に、伊坂ワールド入門編とも言えるリンク具合だ。
話の内容も「現実より数センチの浮いた」感じを覚えさせてくれる、いつもの伊坂節だ。
■サクリファイス
前述の通り伊坂ワールドの人気者「黒澤」が「山田」という男を探して小さな村を訪れ、その村にある妙な風習とその風習の裏にあったであろうものを推察するお話。
サクリファイスは「フィッシュストーリー」の中では特に印象的なセリフが多く、伊坂氏は結構これを楽しんで書いたのではないか? と根拠もなく考えている。
それほどに筆が走っているような感覚があり、小気味良い。
但し、話の内容には後ろ暗いものが見え隠れしている。
例えば、黒澤が推理した「復讐」はそれに近い物があったのだろうという事も一つ。
そして一貫して表に出てこない黒澤の「依頼者」は何故山田を捜しているのか? という疑問に対しての答えが、黒澤が山田の捜索に失敗したにも関わらず怒りはしなかった事と、最後に出て来る「裁判」という単語から、「証言台に立って貰っては困る人間を殺害する」という目的の元で捜索を依頼されていたのだろうという推察が成り立つのも、一つだ。
サクリファイスというタイトルは、勿論劇中に出て来る「こもり様」なる人身御供を指しているのだろうが、同時に山田の事も指しているのだろうと思うと、何だかぞくりとする。
■フィッシュストーリー
表題作。粗筋は既に述べている通り。
売れないバンドが解散前の最後に作った曲「フィッシュストーリー」が巡り巡って世界を救うというお話。「世界を救う」と言っても隕石を破壊するだとか魔王倒すだとかではなく、ネットを利用した大規模テロを未然に防ぐという(他の例に比べれば)現実的なもの。
お話は、そんな理路整然と結果を述べる訳でもなく、時間軸を軽やかに超えて時代毎の人物が描写される。そこは流石伊坂氏。描かれる人物像はどれも面白く、心地良い。
あとこれは個人的な事だが、何かを生み出す時に「巡り巡って誰かを救う事になるかもね」程度には希望を持っても良いかなと考えるようになった。
自分一人で完結するものではない、という意識はやはり大事なのだろうなぁ。
■ポテチ
人気者「黒澤」大活躍の巻其の二。冴えた泥棒と冴えない泥棒のお話。
……というより、劇中の言葉を借りるなら奇妙な兄弟のお話だろうか。
実は四編の中で最もボリュームがあるが、それを感じさせない位テンポが良い。
謎を追いたい人には「タイトルのポテチが何を意味するのか」や「今村が流す不可解な涙の理由は何なのか」等が提示され、キャラクターの会話を楽しみたい人には主人公大西と今村の適当な会話が提示される。勿論、伊坂作品のリンクはポテチに置いても健在だ。
■まとめ
俺は「フィッシュストーリーの中で各作品毎に直接的な繋がりはない」と書いた。言い換えれば、世の中が俺達はあまり感じていなくても紛れもなく一つである程度には、繋がっている。
何故なら、伊坂作品に横たわる無数のリンクは、「動物園のエンジン」にも「サクリファイス」にも「フィッシュストーリー」にも「ポテチ」にも横たわっているからだ。
それを探してみるのもまた一興だろう。