氷菓

 アニメ化して一時期話題を搔っ攫った、米澤穂信のデビュー作。
 アニメ化以降氷菓シリーズと呼ばれる事も有るが、正式には古典部シリーズで、その一作目。

 今回感想を書くのは角川文庫版。
 氷菓は現時点で、最初の角川スニーカー文庫版、角川文庫版、そして英題が改題された第二十八版以降の角川文庫と三種類存在する。今回俺が感想を書くのは十五版の角川文庫版。
 何が違うかと言えば、角川スニーカー文庫は英題が「HYOUKA」で、カバーもイラスト。今回感想を書く角川文庫版はカバーが写真になり、英題も「You can’t escape」になってる。そして最後の二十八版以降は基本は当然角川文庫と同じだが、英題が「The niece of time」に変わっている。まぁ細かい事はこの際おいておくが、「You can’t escape」も「The niece of time」も内容にばっちり噛んでいるため、考察してみるとほんのり面白いかもね。
 他にアニメ絵が表紙とかも有ったんだけど、その辺はスルー。

 前置きは兎も角、ここから先はいつものごとく感想を書く上でネタバレを自重出来る気がしないので、未読の方はブラウザバックを推奨。特にジャンル的にネタバレは致命的だよ。

 
 
 
 
 まず、概要。
 裏表紙から引用すると

いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実——。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ、登場! 期待の新星、清冽なデビュー作!!

 まさしく、引用の通り青春ミステリを地でいく本作。
 思春期を経て「全能感の変化(あるいは喪失)」と良く言われるよねぽ作品の根幹を成しているような本作だが、それが果たしてほろ苦いで済むのか? というのは、読者次第だろう。

 例によってここからは項目ごとに感想書くよ。

・古典部の愉快な仲間達
 以前、さよなら妖精の感想文で「この人物像の根っこには古典部が居る。……と言うより、残滓があると表現した方がいいか」と書いたことがあった。
 では、残滓ではなくオリジナルはどういった人物達なのか?

 まず主役。さよなら妖精の語り手である守屋に当たる「折木奉太郎」。引用した裏表紙文にも書かれている通り、省エネを信条にして灰色と評される人物。
 何故、省エネ主義になったのかは本編中で語られない(単行本未収録の短編で語られている。いつか収録される日を待とう。待てないのなら小説野性時代の第120号を読もう)。

 次に、自分からは動こうとしない奉太郎に代わって、謎解きをせがむ(ことが多い)「千反田える」。所謂ヒロイン的なポジションで、曰く、好奇心の猛獣。あるいは好奇心の亡者。アニメを見ていた人にはあの謎演出で散々印象づけられてるんじゃないかな。猛獣やら亡者とか言われる所以が。あるいは大天使チタンダエルか。
 忘れがちだけどお嬢様キャラの系譜。

 次は、奉太郎が旧友にして好敵手、そして仇敵と嘯く「福部里志」。
 その微笑に減らず口を常備し、データベースを自称する(時に意味のない)知識で的確に奉太郎をサポート(あるいは揶揄う)する人物。曰く、似非粋人。実際多趣味。このサイトでは彼についてボトルネックの感想で少し書いたが、飄々としているように見えるだけで、実は結構複雑な内面を持ってる。まぁ本作ではあまりクローズアップされないが。

 最後は、自分にも他人にも厳しい「伊原摩耶花」。
 小学生の頃からあまり変わっていないというロリロリしい容姿とは裏腹に、苛烈な性格で奉太郎から寸鉄、七色の毒舌などと評される。奉太郎が小学生時代の容姿を知ってることからも分かるが、所謂腐れ縁。クラスも九年間同じと述懐しているため、付き合いの長さで言えば最長。まぁ、突出しているのは時間の長さだけ、だが。

 他にも色々登場人物は居るのだが、古典部の主役格はこの四人。
 生きた人物を書くことに定評のある氏の手腕だが、古典部に関して言えば若干ライトノベル寄りだ。つまりは少々作り物めいた設定が散見される。
 とは言っても、気になる程ではない。
 さよなら妖精を読んだ人は向こうの人物達と比べ、相互の作品に垣間見える名残のような要素を元にして、幻の古典部完結編を幻視してみるというのも面白いかもね。
 

・薔薇色と灰色
 物語は基本的に小さな日常の謎を解いていくことで進むが、多くの長編がそうであるように全ての章にまたがった謎が存在する。それこそが氷菓であり、また千反田が奉太郎に持ちかけた一身上の都合、即ち千反田の母方の伯父である関谷純は幼い姪に何を伝え、そして千反田は何に衝撃を受け大泣きをしたのか? だ。
 その謎を語る上で欠かせないのが、灰色と薔薇色と言う言葉。最初から最後まで出てくるこの対比は、学生生活のグラデーションを言い表したり、主人公の嘯く己に対する諦観を言い表すのが主だが、それだけでなく謎を解決する最後のヒントにまでなっている。
 そしてそのヒントに従って確かめた結果開示されるのが、濃くなりすぎた薔薇色は炎のような熱狂のうねりに変わり、その中のほんの些細な卑怯さに巻き込まれ起きたのが「関谷純は望まぬ英雄役のまま悲劇を迎えた」という事実だ。
 氷菓の表紙に込められた寓意や、神山祭をカンヤ祭という呼ぶ習慣に隠された当事者達の欺瞞など、これが行き過ぎた薔薇色の果てだと言うのなら、やはり極点と言うのはどちらにせよ碌な事にならないんだな……というある種の達観を齎してくれる。
 無色と薔薇色の中間に存在するであろう灰色、それも悪くないんじゃないかと思うようになったと、終章に書かれた奉太郎の気持ちは物語の一つの締めくくり、奉太郎の一つの成長としては妥当な所だろう。この後の展開を知っているとまだ道半ばなのかと思えてしまうのは何ともアレだ。現状の肯定というのは思いの外大事だけどなぁ。
 
・あなたは逃れられない
 英題である「You can’t escape」。
 これは最初読み進めていくうちは奉太郎のことを指しているんだと思うのは、まぁ必然だろう。結局最後まで本編内では一度も奉太郎は千反田の好奇心から逃れられていない。余談だが、最終盤においてはもう既に諦めの境地に至っている感もある。まぁ、その諦めは決して無色寄りなものでなく薔薇色に近い灰色なのだとは思うが。
 それは兎も角、読み進めていくうちにこれは奉太郎が主人公ではあるが、同時に千反田と関谷純の物語でもあるのだな、と理解していくと、「You can’t escape」のあなた、とは関谷純のことも指しているのだと読める。行き過ぎた薔薇色のうねりから逃げられなかった関谷純。せめてもの意思表示として文集に「氷菓」と名付けた。それを自分自身があげられなかった悲鳴の代わりとして。
 奉太郎の面で見るなら何が灰色だリア充爆発しろという話だが、関谷純の面で見るならこれほど出来た英題も無いだろう。逃げられなかった結果の氷菓で、その英題だもんな。
 ……まぁ、時の姪の方も時の娘と言うミステリの存在を知ると、なるほどなぁと感心する英題だが、若干メタい感じもする。まぁ繰り返しになるがどっちも良い題だよな。

■今回の痛み

 大きく分けて二つある。
 一つは、奉太郎が抱えていた「居心地の悪さ」から来る痛み。そしてもう一つは、関谷純が陥った「悲鳴すらあげられず、生きながらに死ぬ」痛み。
 前者が思春期の痛みだとするのなら、後者は箍が外れたうねりに飲み込まれ押しつぶされた痛み。当事者に取っては死ぬ程の、第三者からは嫌悪感を覚える痛みだ。

 個人的には一人称で共感出来るのは前者の痛み。
 三人称で共感出来るのは後者の痛み。
 ボトルネックで完全にへし折りに来てるハートフルボッコな作風は、第一作から既に片鱗を見せていたんだなぁ。まぁ、全能感とその喪失(あるいは変遷)が作品の根底に流れている以上、現実に打ちのめさられるのは必要なファクターだから、必然と言えば必然なんだけどな。

■まとめ

 青春ミステリであり、所謂日常の謎と呼ばれるタイプのミステリ。
 米澤穂信が日常の謎の代表的作家である北村薫著の「空飛ぶ馬」と「六の宮の姫君」に衝撃を受けてミステリへの方向性を決めたと言うのはファンには有名な話だが、今作はまさしくその血流を感じられるだろう。俺も友人から借りて「空飛ぶ馬」から「朝霧」までは読んだことが有るが、テイストや人物こそライトにされているもののその影響は読み取ることが出来る。

 余談だが、ミステリをラノベに寄せたのが読みたいなら米澤穂信の古典部シリーズ、日常の謎が読みたいなら北村薫の円紫さんと私シリーズ、日常の謎を恋愛小説に寄せたのが読みたいなら加納朋子の駒子シリーズをオススメする。まぁ全部友人の受け売りだが。各作家の他の作品も素晴らしいが、日常の謎と言うくくりならこの辺がオーソドックスだろうなーと俺も思うし。

 閑話休題。
 ボトルネックは全能感の喪失を真正面から猛毒として書いた傑作。
 さよなら妖精は作者のエッセンスと切なさが詰まった傑作。

 ならば、氷菓はまさしく米澤穂信の(商業作家としての)最初の一歩と言える。
 最初の一歩であるこのシリーズはその巻数を増やすごとに面白さと作品の(内容的にも物理的にも)厚みが増していく。そういう意味でも、米澤穂信を読むのなら外せない作品だ。

 以前書いたさよなら妖精では入門には分厚過ぎるという人には、やはり読み易さ的にもこちらをオススメしよう。特にライトノベルから入ってくるのならうってつけ。

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