竜のかわいい七つの子
九井諒子はここ数年で見つけた漫画家では一番好きな作家だと公言して憚らない。
が、そう言っているわりには、購入、読了してから長い時間が空いてしまった。「竜の学校は山の上」に続く九井諒子二冊目の単行本兼短編集「竜のかわいい七つの子」の感想文。
タイトルから大凡前作と同じように思うかもしれないが、これが大きく違う。
まず収録されている漫画の殆どが初出が商業誌であると言うこと。前作はその殆どが作者の個人サイト「西には竜がいた」か同人誌を初出としていたから、これは大きく違うだろう。
話のクオリティに差はないが、その明暗には顕著な差がある。つまり、何処か影を感じさせる話もあった前作に比べると、商業誌の影響か全ての話が明るくなっているのだ。
これは人によっては改悪ともとれるだろう。世の中にはバッドエンド大好きという人も居ると聞く。俺はハッピーな方が好きだから諸手で歓迎したが、別に毒や前作にあった影が無くなったと言う訳ではない。この辺は以下で個別に書いていこう。
もはやお決まりになってきたが、この先はネタバレを考慮していないので、先を読み進める場合は「ネタバレしても構わない」あるいは「既に読んだ」人のみ読み進めてください。
書き忘れていたが、収録しているのは全七編。
ページ数は漫画自体のラストページで254。
前作が全九編で271ページ。それでいて値段は今作の方が四割安い。
うん。ファンが買う理由に溢れすぎているな。
まぁ、それは兎も角、以下各エピソードごとの感想。
- ・竜の小塔
- 国同士の戦争に竜を絡めた世間知らずな娘と兵士のちょっと良い話。
海岸線を有する海国と山脈を有する山国の戦争、両軍の境にあった関所に竜が巣を作り、おまけに産卵までしていたため両軍は竜によって多大の損害を被った。ヒナを育てる竜は馬車や騎馬に敏感に反応するため、済し崩し的に停戦となるが、軍どころか商隊も通れなくなり物流も完全に止まってしまう。交易が断たれ、両国は次第に疲弊していく。そんな時、山国で捕まった海国の兵士は開放と望みの作物を渡す代わりに塩を持ってくるように持ちかけられる。それから単身、幾度も密かな交易を行うことになるのだが——
——というのが、物語の導入部。
ここで面白いのが、「竜」と作中で言われているが、その見た目は殆ど鳥。
あるいは、これまでの竜のイメージに現代の「羽毛が生えていたかもしれない恐竜」というイメージをミックスしたような見た目をしている。
厳密には違うが、俺は初見でグリフォンか? と思った。
それは兎も角、お話の方は強力な脅威が現れたため戦争どころではなくなったが、人間は変わらず竜が巣立つのを待ち戦争をするというあたりが、リアリティがある。
竜はいわば自然現象のような扱いで、台風が停滞してるから戦争止めます。物流も途絶えます。というような感じ。だが、竜は生物で、そして人間は他種に感情移入する生物。
多くの兵士たちは厄介者であったはずの竜に「子育て」という事象が加わったことで感情移入をし、ひいては直接的な軍事衝突を回避するに到る訳だが……結局戦争はどうなったのかは最後までぼかされている。ただ、ラストシーンがあまりにも綺麗で、バッドエンドに到るとは思えない。結局この騒動から二つの国は同盟か、あるいは平和的に一つの国へとなったのではないか? と、そう思わせてくれる。前述した影はあるが明るいの典型例だ。 - ・人魚禁漁区
- 前作の「現代神話」や「進学天使」そして「竜の学校は山の上」に通ずる、現代とファンタジーの融和したお話。そのタイトルの通り、現代に人魚がいたら、そして言葉のやり取りが出来なくとも人間そっくりの水棲生物が居たらどうなるか? というのが作者お得意のリアリティで表現されている。
お話自体は、人魚が生息している海岸線の近くにある高校、そこに通う高校生二人と一匹の人魚を軸にした「人間ではない人間そっくりの生物が居た場合起こるであろう出来事」を描いてる。ざっとキーワードを上げると「人魚に人権を主張する団体」、「人魚は人間でないため仮に轢いたとしても罪にならない」、「人魚は魚を食べる、つまり漁業を営む人間は直接的に人魚に関わることになる」等々。
これだけでも、いかにも現実で起こりそうな話が思い浮かぶ。そう言った物を背景や台詞、そして絵に混ぜ込むセンスと技量は、本当に素晴らしい。
この話は今回の単行本では二作しか無い同人誌に収録された話の片方だ。
だからかは分からないが、他に比べ殊更に寓意が直接的に込められているように思う。もはや寓意と言う言葉はそぐわないのでは、と思う程に。俺が感じ取ったのは「人間の無自覚な思い上がり」と、その結果としての「領域侵犯」だ。作者の漫画では結構ポピュラーなアレだが、それが強く出てるように思う。脳裏にペット問題や、他種と分かり合えるとほざく人間が浮かぶくらいには、強く出てる。
寓話と言うのは悲劇で終わる場合が結構多いが、この話は穏やかな終わり方をする。
それがまた心地好い。 - ・わたしのかみさま
- 中学受験をする主人公と、恐らく子どもだけが見える「かみさま」の話。
かみさま、といっても一神教とか多神教のようなああいうのではなく、所謂「八百万の神」と言う奴。だから出てくる「かみさま」どれも威厳と言うより、親しみ易さが強い。
この話はギャグ漫画だからか、そこまでの寓意はなくほんわか読める。
「神も仏もないね」からの「そんなことないよ」がとても好き。 - ・狼は嘘をつかない
- 一言で表するなら、狼男の話。
ただ、普通の狼男ではない。現代ファンタジーの、狼男だ。
前述した現代とファンタジーを融和させたタイプで、「進学天使」で背中に翼が生えているのは「そういう病気」だったように、狼男は「WWS」「狼男症候群」という病気として扱われている。ここで、その病気と思春期を脱し切れていない大学生とその病気の息子を持った体験談で色々活動してる母親を主軸に置く所が、作者の非凡な所。
この大学生が主人公な訳だが、その言動がまたよくある感じでね。母親に対して素直になれない感じの。読者側の多くが身悶えしそうな言動を連発する。
親子がテーマで狼男が出てくるとなると、映画の「おおかみこどもの雨と雪」というのもあるが、ほぼ同時期に発表されたそれとは方向性も同じ家族がテーマでもその内容を大きく異にしてるのが面白い。余談だが俺には「おおかみこどもの雨と雪」が大して刺さらなかったのは、(映画と漫画と言う違いを差し引いたとしても)あれは「母親」の話だったからで、「狼は嘘をつかない」がぐっさり刺さったのは、「青年」の話だからだろうな。 - ・金なし白祿
- 前作の「代紺山の嫁探し」に通ずる和風ファンタジー。
金を騙しとられ、絵の具も家財も殆どを失った高名な画家で主人公の「高川白祿」と「画竜点睛」の元になった故事を絡めたお話。つまりはファンタジーしているのは「わざと描かなかった片方の瞳を描き入れると、絵が実体化し現実の生物になる」という点。
この話の好きな所は、主人公が自己欺瞞と人間不信を解消する所。
弟子に詐欺を働かれた上に、騙された事を知った妻には残った金を持って逃げられたために人間不信に陥り、遂にはかつて描いた絵に瞳を描き入れ、実体化させて売り払ってまた絵を描いて売って、金を取り戻そうとする主人公。
その姿は自身が「金に価値基準の全てを置き、興味も無い絵を金の代替品として扱う、つまらん生物」と評した人間と、酷く似ている。そこから色んなイベントを挟んで、ラストで「絵を描いていてよかった」と涙を零すシーンが本当に良い。 - ・子がかわいいと竜は鳴く
- 今度は和風と言うよりも、中華風ファンタジー。タイトル通り竜が重要な役割を担ってはいるが、それよりも重要なのは「子がかわいい」の部分。
そう、この話も「親子愛」がテーマ。
狼男の方は「親子」がテーマでもどちらかと言えば「子」がメインだった訳だが、こちらは「親」に傾いてる。一応子側の要素もあるが、やはりメインは「親の愛」だろう。
正直、今作の中ではかなり影の濃い話だが、ラストシーンに救いがあるのが良い。
続編が描けそうな終わり方でもあるし、ファンとしては妄想のし甲斐がある。 - ・犬谷家の人々
- 超能力一家と大学生名探偵のギャグ漫画。
今作の中で、最もギャグに振れている話。まぁそりゃ普通に笑うよね。
探偵物にありがちなお約束を現実に即したら当たり前だろと思うおかしさや、超能力一家というありがちな設定に一癖入れてくる作者の手腕もお見事。
取り敢えず探偵モノ主人公をパロった銅田一耕助のズレた想像力やズレた行動力、そして一人だけ探偵モノやってる滑稽さが本当にヤバい。腹筋に来る。
タイトルやら探偵の名前やら突然発火やら首無しやらと、探偵モノ古今東西のようにネタを繰り出してくるから、探偵に詳しければ詳しい程刺さりそうだ。 - ・カバー裏四コマ
- それぞれ「犬谷家の人々」「金なし白祿」「わたしのかみさま」「狼は嘘をつかない」から四コマ漫画が一編ずつ描かれている。どれも本編読了後がオススメ。
各々後日談だったり劇中の行間(コマ間?)だったり前日譚だったり。
どれも本編読んだ後だとフフッとなる。
■まとめ
総評としては、名実共にパワーアップした傑作。
九井諒子ファンは勿論、入門にももってこい。
信者乙と言われようとも、2012年に出た漫画では間違いなくナンバーワンだよ。
前作「竜の学校は山の上」がそれまでの活動の総決算だったのに対し、こちらは商業誌という新たなる地平で更に力を増した九井諒子の持ち味を堪能出来る。マジオススメ。
いや、マジオススメも何も、ここまで読んだ人で本作を買ってない人なんて居ないだろうから意味の無い言葉だな。だがもし、買っていないのなら、まずは買おう。話はそれからだ。