竜の学校は山の上
九井諒子作品との出会いは今は亡き公式サイト「西には竜がいた」で読んだ「愛の感想劇場」だった。その漫画は個人サイト管理人の感想に対する悲哀を面白おかしく描いた物で、このサイトの特性を考えればハマらない訳がない。
まぁ、そこから短編→長編へとなだれ込んだ口だ。
長編に関しては元々自分自身が設定作って話書いて絵も描いて……とかやっている人間だったから、これまたハマらない訳が無いという話。
話が逸れてしまったが、今回の「竜の学校は山の上」を要約すると、前述した中の「短編」が殆ど収録されたオムニバス漫画集、と言った所。
全く知らなかった人には素晴らしい入口に、「西には竜がいた」のヘビーリピーターにとっては紙媒体で読める上に加筆修正や描き下ろしがあってホックホクという正に完璧な逸品ですな。
えー、今回もネタバレを考慮出来るテンションじゃないので御注意を。
ひとまず特筆すべきは、そのボリューム。
270頁近くある上に、各作品それぞれで笑い、どんよりし、感動出来る。
とまぁ、兎も角ここからは作品毎に感想を書こう。
- ・帰郷
- 日本に溢れかえる、所謂JRPG。
いわばテンプレがスルーしている魔王(ないしはそれに準ずるもの)が消えた後、本当に平和が訪れるのか? という話。
人間という物を現実に即してみるならば、納得だという描写が随所にある。
ファンタジーと現実の融和、という作者の味は最初からもう片鱗が見える。 - ・魔王
- これを読んで真っ先に思い出したのは「美女と野獣」。
特にそれを想起させるのは、最後の頁にある台詞。
それを連想して以来、これは所謂「ドラマティック・アイロニー」の応用なのでは? とか考えている。年老いた王女(と思われる人物)が呟いた最後の台詞、その仮定が「美女と野獣」を指しているように思えてならない。
俺がこの話に短編らしからぬ面白味というか深みを感じるのはその辺なんだろうなぁ。 - ・魔王城問題
- 魔王亡き後の勇者という「帰郷」と同じテーマを扱いながらも違う味になってる話。
魔王を倒したら今度は人間同士で争い始めた、という所は同じだがこの話のメインはタイトル通り「主を失った魔王城をどうする(なる)か」という点。
「帰郷」で(如何にも有り得そうな)現実の無情さに切なさ炸裂した分、こちらはハッピー(とは一概に言い切れないが限りなくハッピーに近いベター)エンドを迎えている。
感動した! とか泣いた! とかではないが、何だかとても穏やかになれる終わり方だ。 - ・支配
- 魔王は魔王でも、これはSF要素を取り入れた話。
俺の勝手な感想だが、読後感は星新一のショートショートを読んだ感覚に似ている。そう特に「宇宙のあいさつ」という文庫本を読んだ時の感覚に。
無自覚な支配と思い上がりは、現代人に対する小さな皮肉とも取れるなぁ。 - ・代紺山の嫁探し
- 今までの西洋ファンタジーとは打って変わって、和風ファンタジー。
解る人にしか解らない例えで申し訳ないが、かつてやっていた(俺の大好きな)アニメ「まんが日本昔ばなし」の雰囲気を思い出して貰えば、アレに限りなく近い。
……と言うより、作者はあの雰囲気を念頭に置いて描いているとさえ思える。
わざと崩した画風も、背景も全てあの雰囲気を出すのに一役買っている。
エンディングも昔話を踏襲した、ハッピーのようでハッピーでもない物。
しんみりとした静かなラストカットが印象に残る。
それはそれとして、火の神マジ美人。巻いて! - ・現代神話
- 作者のpixivでは「隣の若奥さん」と題されていたショートショートから地続きの話。
猿人類(所謂、人間)と馬人類(ケンタウロス)が同じ社会で暮らす、これぞ現代ファンタジーと言わんばかりの舞台設定。それなのに驚くほど静かなリアリティが凄い。
漫画の構成としてはちょっと変わっていて、先述した「隣の若奥さん」と、ある会社の馬人タナベと猿人ミキを軸にした社会人+労働問題云々の話が交互に展開される。
これは、ある意味で現実の写し鏡にも見える。
最後の台詞は「違う」事に躍起になっているのが馬鹿らしくなる事請け合い。
と、同時にホンワカ出来る。 - ・進学天使
- 羽が生えてる女子中学生と普通の男子中学生の進学云々の青春話。
天使という単語はタイトルにしか出てこず、作中では「こういう病気」や「翼人」という呼称が見え隠れする。先の現代神話と同じファンタジックな設定(人間の背中から羽が生える)を用いながらも、現実に即したお話だ。
この漫画で特に好きなのは、その切なさ炸裂なラストカット。
こればっかりは、もう本当に読んで貰うしかない。 - ・竜の学校は山の上
- ドラゴン。所謂、竜。それが実在したら、現代社会に存在していたら? という仮定を前提にして、生物としての竜を研究する学部がある大学の話。
現代神話、進学天使と同じく如何にも現代ファンタジーという舞台設定にも関わらず、冒頭から「現代化した社会ではぶっちゃけ竜いらねーッスよ」(意訳)という衝撃的な台詞で始まる。劇中展開されるのは、それの証明。
主人公が学ぶに連れ、ある種の絶望と諦観まで抱いてしまいそうになる訳だ。
そして最後はその諦観を吹き飛ばす台詞と未来を感じさせるカットでエンド。 - ・くず
- 労働意欲の低い俺としてはなかなか応えた。
おめでとう!
君はくずの中のくず!
でもそんなに後ろ暗い雰囲気はなく読後感はカラッとしてる。 - ・あとがき(金食い虫くん)
- ファンタジーの日常という解りやすいショートショート。
一言で言うなら、カネゴン。 - ・カバー裏
- 表紙と裏表紙にそれぞれ四コマが付属。
それぞれ本編を読み終わった後に読むとクスリと笑える。
なかなかの癒し系。
よって、読むのは本編読み終わってからがオススメ。
ロサンゼルス編は正直普通に読んでみたい。
■まとめ
総評としては、マジオススメ。
信者乙と言われても構わないから、取り敢えず読んでみて欲しい。
兎も角読むんだ。話はそれからだ。と、手放しで推せる作品集。
ここまで敢えて書かなかったが、この漫画は間違いなく現代の寓話だ。
収録されているどの作品にも有る程度の寓意が込められているように感じられるし、あとがきに至ってもそれが感じられそうなほど。つまりはそう言うのが好きな人には特にオススメ。
因みに俺は密林様で頼んでしまったけど、ペーパーが付くらしい(但し無くなり次第終了らしい)ので各書店で買ってみると良いかも知れない。
まぁアフィ貼っといて何言ってンだという感じではあるが。